藤田嗣治の銅版画刊行と、フランク・シャーマンの業績を顕彰するためのプロジェクト。

フジタへの憧れ

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シャーマンは、どうして日本の戦後文化に関わる活動をすることになったのか?

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若きパリ時代の藤田嗣治

二つの理由があります。一つは、シャーマン自身が彫刻家・画家であり、デザイナーだったことです。ハイスクール時代の尊敬する担任・スミス先生が、美術系の大学に進学することを勧めたことにより、マサチューセッツ州教員養成大学、ボストン美術館学校、ウェントワース・インスティチュート、フィラデルフィアアカデミーで学びました。
二つ目の理由は、世界的な日本人画家・藤田嗣治に強い憧れをもっていたことです。
「初めてレオナール・フジタの名を耳にしたのは14歳のときでした。ボストンの人間はシカゴのことより、ヨーロッパの事情に詳しいと言われます。私も新聞の日曜版に掲載されるヨーロッパの芸術家たちに関する特集記事を楽しみにしていました。
モンパルナスの芸術家たちに取り囲まれて『キャットマン』と言われたフジタの写真を日曜版の特集記事で見つけたとき、少年の私は、彼こそ『ボヘミアンの王様だ!』と感動しました。私のボヘミアン的人生への憧れは、フジタに象徴されるようになりました。ハーンの著書で向いた日本とヨーロッパが重なったところにフジタがいたのです」(シャーマン談)

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