銅版画「猫」のすばらしさとは
フジタは戦前のパリ時代から女性を描いた作品に、繰り返し猫を登場させています。後には、猫のさまざまな姿態を単独で何度も描くようになります。フジタはアトリエに何匹もの猫を飼っていたほどの愛猫家ですが、必ずしも愛らしいポーズばかりを描いたわけではありません。ときには、よこしまでずる賢い、人間にも通ずる性格に迫るような作品も書きました。
本版画の「猫」のポーズは、油彩画(岐阜県美術館蔵)にも描かれたほどで、おそらく版画も含め、特別に親しい人に見せるためだけに制作されたと推測されます。
戦中の鬱屈した気分から解放された画家の心境を、猫を借りて表現したようにも見えます。本版画では、猫の毛並みの豊かで変化に富んだ質感を、細かく入念に線を重ねて表現しようとしています。刷師・鈴木雄次氏は、刷過程でさまざまなことを気づかせてくれたと語っています。
「フジタは、猫の可愛らしさだけでなく、獣の本性までも描こうとしているのではないでしょうか?同時に首のあたりには、画家の愛情とも見える温かい光を感じさせてくれます」
銅版画「猫」のフジタのサインは、深くていねいに刻み込まれており、この作品に寄せる画家の特別な思いをうかがわせてくれます。